誰かを思って動くこと
映像は、私たちのあたりまえと思っている日常が、決して万国古今を問わず当たり前ではないことを、時には痛烈なまでに教えてくれます。こんなに物にあふれ、食うことに大多数の人が困らず、好きなものがわりに容易に買うことができて、いっぱい好きなことができるということは、現代の日本においては可能であっても決して自明のことではありません。日本でも戦中からおそらく1960年代に入るぐらいまでは、食うことに事欠くという人がたくさんいたと思われます。私自身はその時代のことがわからないので、それこそ映像や書物などで知る限りではありますが、わずかに覚えていることと言えば、1970年代の半ばにあったオイルショックで、トイレットペーパーがなくなる、といううわさが出回り、母が買いだめしようとしていたような、その姿にゆがみを感じたということぐらいでしょうか。
ところが、1980年代でも中東のイランという国では、子どもは家庭でのお手伝い(子守りや家事・買い物の手伝いなど)はあたりまえで、そんなに遊ぶ時間がいっぱいあったわけではなさそうです。学校の教師から言われることと家庭で親や祖父母から言われることが異なっているがゆえにその板挟みにあって苦悩する姿もあります。物も少なく、あるいはいろんなものがたやすく手に入れることができるわけではない、というようなことを、この頃に撮られたいくつかのイラン映画で知ることができます。
私が、この十数年、DVDが再発売されるのを待ちわびていたアッバス・キアロスタミ監督の「友だちのうちはどこ?」は、宿題をノートに書いてこなかったがゆえに、今度ノートに書いてこなかったら退学にするぞ、となんとも横暴なことを教師に言われたネマツアデ少年のノートを間違って持ち帰ってしまったアハマッドが、隣村に住むというネマツアデにノートを返しに行くというただそれだけの話です。が、ここには母や祖父に用事を言いつけられたり、他意なく大人に翻弄されても、友だちが退学にならないようにと友だちのうちをひたすら探して回るというがアハマッド少年のひたむきな姿に胸を打たれます。
また1997年に制作されたマジット・マジデイ監督の「運動靴と赤い金魚」では、修理してもらった妹の靴を失くした少年が、妹のために長距離走で賞品の運動靴を手にするために走る、という話で、ここでは容易に新しい靴を買うことができない家庭状況があることが、暗に描かれています。
もちろんこの2作とも、ドキュメンタリーではなく劇映画であるので、当時のイラン社会の標準的な姿を映していると言い切ることはできません。それでもこの映像で描かれる姿は、村の風景も含め、およそ同時代の日本の姿とは違う様相にあるということを見て取ることができます。
それはさておき、私たちがこの単純なストーリーの映画に魅せられるのは、少年たちが、友だちのために、あるいは妹のためにひたすら駆け回る姿・気持ちに打たれるからでしょう。子どもがこんな気持ちをもつ、こんな心をもつ、ということをまず何よりも大事にする姿勢を私たちは持っていたいものです。
森