絆
沖縄出身のシンガーソングライター、COCCOの最新アルバム『クチナシ』に入っている「青葉」という曲は、学校の校歌風なメロディー、ピアノを中心とした伴奏で、また大勢の人・子どもと一緒に歌っている合唱曲でもありますが、その歌詞はこんなふうにつづられています。
青葉の輝き胸に染む
この想いを
わたしのいない世界で
いつか知るでしょう
…(中略)…
真っ直ぐな願いが胸に染む
この想いを
あなたのいない世界で
知らずにいたでしょう
大切に生きて
さぁ笑顔で会いましょう
歌をこうして、文字に起こすだけでは、その情感を伝えるのには無理がありますが、私たちの生に限りがある限り、何十億年という地球の歴史という視点に立った時、束の間とも言えないぐらいの短い時間(刹那)を私たちは生きていることになります。わたしのいない世界、あなたのいない世界がいつか訪れる、そんなわかりきっているようなことを意識すると、毎日毎日をどう楽しく充実したという思いで過ごせたかは、とても貴重なことのように思えます。世の中には、いろんな境遇の人がいて(いろんな手段で、一定のことに思いは及んだとしても、それよりもはるかに私の知らない世界・環境は無数にあって)、それでももし今日一日良かったとどれぐらいの人が思えるのか、ということに思いを馳せた時に、子どもたちにそう思える日・時間をどれぐらい私たちが作れているのか、と考えずにはおれません。
私の数十年来の友人が、旧正月に合わせた年始のはがきで、サン=テグジュベリ(黎明期の郵便飛行士、『星の王子さま』の作者でもある)の言葉の中に、「職業の尊さは、人と人を結びつけることである、この世の本当の贅沢は一つしかない、人間の関係という贅沢だ」という一節があると書いてきました。と言われて、サン=テグジュベリのどの本にその一節があるのかは、私には確認できていません。けれども、この友人からの私信で、メルロ・ポンティ(フランスの哲学者・現象学者)の『知覚の現象学』の最後の一節が、そのサン=テグジュベリの『戦う操縦士』という本からの引用として、「人間というのはさまざまな絆の結節点にすぎない。人間にとっては絆だけが重要なのだ」という言葉で締めくくられていることを思い出しました。
COCCOの歌詞の意味、サン=テグジュベリの言葉の意味をかみしめて、私に与えられている時間を、私の関わる人、私の目の前にいる子どもたちと「大切に生きて」いきたいものです。
森