共通言語(共通認識)を持つ難しさ
年に何回か、私も相談支援に関係する研修の演習のファシリテーターを担うことがあります。自分とは年齢も経歴も地域もまた職域も違う方たちと出会う機会となり、そのことにはいつも刺激を受けています。そこでは、自分と職域や経歴が重なる部分がある方たちとは、年齢や経験年数にかなり差がある場合でも、比較的、話をしたり演習を進める上で共通認識を持つことに時間がかからずにイメージを共有しやすいように感じています。ところが、仮に年齢が近くても自分とは経歴や職域が違う方たち(例えば、高齢福祉分野や医療関係分野というところに携わってきている方)とは、共通認識やイメージを持つのに苦労することがままあります。それは自分だけでなく、おそらく相手にとってもそうなのだろうと推察しています。
現代社会は、分野や職種がどんどん細分化されていっていて、そうなればそうなるほど各々の分野・職域、職種にとっての言語、ものの考え方のベースが異なっていっているのだと思います。今ここで取り上げている相談支援という職種も、たかだかこの20年ぐらいのことで、それ以前は障害福祉分野にとどまらず、社会福祉全般や場合によっては、心理分野の人が担っていた面もある領域なのではないかと推察しています。おそらく、役所や社会福祉協議会が担っていたところも大きかったのだと思います。ところが、障害福祉も措置制度から利用者と事業者による契約の制度に変わっていった中で、障害者ケアマネジメントという概念が生まれ、定義され、それが障害福祉とりわけ相談支援の分野では、共通言語・共通認識として定着していこうという流れがあります。しかし、これは、この分野ならではの共通言語・共通認識にとどまっていると見るのが、現状としては、妥当なところではないでしょうか。
同様に、私たち(少なくとも私)は、自分の領域や職種以外の分野や職域では、共通言語となっていること、共通認識ができている事柄について、にわかには理解できなかったり、感覚的に掴めないということがままあるのだと思います。
意思決定支援という言葉もこの数年になって盛んに言われるようになって、その言葉や概念があたりまえ(スタンダード)なものになろうとしています。それどころか、意思形成支援という言葉すら出現して、いやいや意思って既にあるもので、「形成」するとか、ましてその「支援」をするって、何をどう言っているのか、障害福祉分野に長年携わってきている私でも意味不明の境地に陥ります。いや、こんなことをいうのがひねくれているだけかもしれませんが、国が出してくる概念や言葉、仕組みを鵜呑みにせず、もっと丁寧にものの考え方、概念や言葉の使い方を見ていかないとますます専門を隠れ蓑にして、蛸壺化していく流れができてしまうかもしれません。もっとその人が今いるところの全体性(分野ごとに分けられない、という意味で)を見ていかないといけないように思います。これは、相談支援という職種で仕事をしている自分への戒めともしないといけないと思っています。
森