中井久夫さんを悼む

さる8月8日、精神科医の中井久夫さんが88歳で亡くなられた、という報に接しました。本屋さんに行くと、分厚い化粧箱に入った著作集が並んでいるのを見かけてはいましたが、特に統合失調症についての研究・考察で卓越した業績を上げられていることを、不勉強にもあまり存じ上げていませんでした。私が、中井久夫さんを初めて意識して記憶したのは、新聞などに短いエッセーをよく書かれていて、神戸でお仕事をされているということでした。そのエッセーや時代に対する評論は何か心に残るものがあって、気にかかる存在の方でした。

1995年に起きた阪神淡路大震災の時に、心のケアで奔走、尽力されたということも知ってはいましたが、それでもあまり著作を手に取ってまで読むということはないまま月日を経過していました。その中井久夫さんを、不遜ながらもっと身近に感じられるようになったのは、3年前に児童精神科医の滝川一廣さんを沖縄からお招きしたことがきっかけでした。かくいう滝川一廣さんの存在も、これまた不勉強ぶりを臆面もなく吐露せざるを得ませんが、私の恩師の一人である浜田寿美男先生から、滝川さんの著作『子どものための精神医学』を紹介してくださって、浜田先生が勧めるなら、と早速手に取って読んだのがきっかけで初めて知った、というものでした。滝川さんをお招きするのにあたって、その著作を何冊も読み、それまで私の中で知的障害や発達障害の理解に。も一つピンとこなかったことが、一気に氷解するように滝川さんの論の組み立て・説明で、理解を少しは深められるようになったかと今は思っています。話は、横道にそれたままでしたが、その滝川さんの『子どもための精神医学』の帯に書かれた推薦文を中井久夫さんが書かれておられ、それどころか滝川さんのご経歴を拝読すると、名古屋市立大学精神医学教室で、木村敏教授・中井久夫助教授の薫陶を受けておられるということを知りました。そういう数十年前からのつながりがあって、近年も滝川さんは関西に来る機会があると、神戸にお住いの中井先生のところに寄っていかれる、ということをおっしゃっておられました。そのお話を伺って、知(知的財産)の継承というのは、このようにしてなされていくのだという思いを強く持ちました。私などは、精神医学についてはなはだ不勉強でいながら福祉現場に携わっている者ですが、それでも先達たちが追究してきた精神疾患、発達障害、自閉症、知的障害への理解の蓄積を糧にして、その地平に立ってより良い支援につなげていければという思いでいます。

中井久夫さんのご冥福をお祈りして、またその著作を手に取ってみたいと思います。