ただ、そばにいる

 今年も読んだ本に触発されたことを、このブログで何度か感銘を受けたこと、新たな気づきを得られたことを書いてきましたが、今年読んだ本の中でも特別な思いで静かに心に染み入る本に出合いました。河田桟さんというもともとは東京で本にまつわる仕事をしていた人が、ウマに出会って、与那国島と東京を行ったり来たりするようになり、やがて与那国島に移住し、そこでカディという馬との日々を文にしたり、写真に撮った本がそれです。『はしっこに、馬といる』『くらやみに、馬といる』の2冊を私は手にして、じっくり味わって読みました。(与那国島は、日本の最西端に位置する晴れた日には台湾が見えるという島です。かつてのドラマ「Dr.コトー診療所」のロケ地としても知られています。)
 ウマと暮らして初めに河田さんが困ったのが、自分には身体的な力がないことだったと言います。ウマと人との関係は、ほとんどの場合、人にある程度の「強さ」を求められるようだけど、自分にはその力がないこと(非力であること)を前提に、ウマとの関係を作っていくことで、それは河田さんなりの試行錯誤があったようです。加えて、身体的な力もさることながら、いちばん悩んだのが、「ウマに対して、ヒトは威圧的にならなくてはいけないのか」という精神的なことだったと言います。河田さんは、気質的にもウマのリーダーになれるタイプではない、と悟って、「どうやったらいちばん力を使わないですむだろう」といつも考えるようになったと言います。
 「(きっと)いちばんたいせつなのは、ウマの気持ちによく耳を傾け、愛情をもって接すること。そうすれば、ウマもわたしのことを信頼してくれる(はず)。力なんて使う必要はない(はず)。」から出発し、途中で葛藤がありつつも、今は「いちばんたいせつなのは、ウマの気持ちによく耳を傾け、愛情と敬意をもって接すること。ウマの視線で世界を見ようとすること。ウマの時間に合わせること。「馬語」で話しあうこと。」という気持ちに至ったということです。そして、元来警戒心の強いウマと仲良くなるには、「このヒトは身内だ」と認めてもらうために、毎日「そばにいる」ことがいちばんたいせつだ、と思うようになります。それも「乗馬をしたり、トレーニングをしたりという能動的な時間よりも、むしろ、ウマがなにも緊張を感じていないくつろいだ時間に、どれだけ一緒にいるか、ということなのではないかな、と思います。」と河田さんは言っています。
 このような思い・考えに触れると、このウマというところを子どもに置き換えて大人と子どもの関係性を捉えなおしてみると、私たちと障害がある子どもの関係のありよう、支援の立ち位置のヒントにもなるように私には思えます。子どもをウマに例えるのか!、とこの文を読んで思われる方もいらっしゃるかもしれませんが、ウマの視線で世界を見ようとする、とか、ウマの時間に合わせること、とか、「馬語」で話しあうとか、という姿勢からは多くのことを教えられるように思います。時間ひとつをとっても時計で測るような均質な時間を、実感としては、私たちは生きているわけではないと思いますが、そんなことも何気ない文章で触れられているのです。私にとっては、これからも繰り返し、手に取りたくなる大切な本になりそうです。
 因みに、この本は、与那国島にあるカディブックスという所から出ていて(ほぼ自費出版なのかなと推察します)、私は、京都一乗寺にある恵文社などで買うことができました。ずっと昔から、恵文社の品ぞろえにはちょくちょく新鮮な発見があって、恵文社に限らず、このような小さな本屋さんにもいくつかこだわった品ぞろえをするところに出会うとわくわくするものです。そして、そういう本屋さんにはネット全盛時代のこの時代でも残ってほしいと願っています。

                                                                     森