「白パンと独裁者」
毎年、8月頃になると、第二次世界大戦に関連する映画が邦画・洋画を問わずよく公開されます。この夏で言えば、「開戦前夜」のような軍人や時の政府を中心に据えた映画は全く見る気持ちが起こりませんが、最近、「ヒトラーの毒見役」と「白パンと独裁者」の2本を観ました。どちらも実在の人物の実体験をもとにしたフィクションとは言えども、半ドキュメンタリーのような作品のようです。ヒトラーの食事の毒見役をさせられていた東プロイセンに住んでいた女性が、2010年代に亡くなる直前にそれまで70年近く胸の奥にしまい込んでいた密命の事実を語った体験をもとにしたのが「ヒトラーの毒見役」で、これはこれでその女性の運命に何とも言えない思いが残りましたが、私にとっては、よりいろんなことを考えさせられた映画は「白パンと独裁者」でした。
「白パンと独裁者」もドイツの作品ですが、ドイツといっても都市ではなく、アムルム島という北海に面した離島が舞台の話です。不勉強にも、この作品に出合うまでドイツにも島があるとは想像していませんでした。もちろんデンマークに近いところは、海に面していることは知ってはいましたが、映画鑑賞後、調べてみるとドイツにも北海にはそこそこの数の島があり、使われている言語もドイツ語は公用語としてもちろん使われているものの、その地方独自の言語もあり、風習や文化もおそらく本土とは違うのだろうということは画面からも伝わってきました。
第二次世界大戦末期、ハンブルクから戦火を逃れるため母の郷里である島に疎開してきていた少年は、熱狂的なヒトラー/ナチス信奉者である母の影響を受けて、ナチスの少年組織(?)の一員でもありますが、一方で島の人たちは空襲にあうこともなくどこか牧歌的な農漁業を生業とした生活を送っていました。とはいっても、ナチスの軍人はもちろん島にも滞在していて、ドイツの勝利を疑うような言動は少なくとも表立って許されるような環境にはありません。しかし戦況はナチスドイツにとっては悪化の一途をたどり、やがてヒトラーの自殺、しばらくしてドイツの降伏を迎えることになります。少年の母は、ヒトラーの死を機に、食事をとることもままならなくなり、少年は母が望む白パンとバターと蜂蜜を手に入れるために、隣の島に住むおじを自転車や徒歩で訪ねたりなどの奔走をします。ナチスドイツが敗れて(戦争が終わって)祝杯を挙げる島民たち、そこには同調できない少年、さらに少年たち家族とは別に東プロイセンから疎開してきていた別の集団もいて、島にいる人たちの間でも微妙な温度差があることも映像は映し出します。
第二次世界大戦時の日本と比べたら、本土と沖縄の関係とは全く様相を異にしますが(いうまでもなく、沖縄は唯一地上戦があって、軍人ではない一般の島民の多くも犠牲になっていますが)、本土の人々と島の人たちの感覚、文化の違いには共通するものもあるように私には感じられました。
映像の主題からは離れますが、戦時下であるといっても戦火のない島の風景の美しさには目を見張るものがあります。干潮時には叔父の住むフェール島には歩いていけるということもあったり、少年が行き来する島の光景には何度も目を奪われ、なお映画の印象を強くします。
この映画を観たのは、いみじくも長崎原爆投下の日。戦火の絶えない世界のあちこち(日本では報道されない国々・地域も含めて)にいくらかでも思いをはせた日でした。
森