「分けない教育」に向かうには

2022年8月に、「障害者の権利に関する条約」について国連の審査を受けて、日本は「インクルーシブ教育の権利を保障すべき」、つまり障害児と健常児を分ける教育を行っていくことに対しての是正勧告が行われました。当時、マスコミ報道もなされたので、知っている方も多いと思いますが、日ごろ学校に通っている障害がある子どもの姿に接していて、分ける教育の是正は、現在の日本の学校教育を抜本的に変えなければ、支援学校を選ぶ子どもあるいは保護者が増える現状を変えるのは相当難しいと思わざるをえません。地域の小学校や中学校に在籍していて不登校がちだった障害がある子どもが、支援学校に進学や転入した途端、しっかり登校するようになったという例に私はいくつも出会ってきています。分けない教育といくら唱えても、現に一人一人の子どもが支援学校の方が過ごしやすいという例に出会うと、そんな建前は大人の思い・理屈で、子ども一人一人にとってみれば、普通学校・普通学級を選ぶ(行きたい!)という子どもがいるのと同様に、支援学校・支援学級を選ぶ子どもだっているのだと言わずにはおれません。こうあるべき、というべき論とそれにもかかわらず、現実に子どもにとって過ごしやすい場・環境はさまざまで、それこそ子どもの意見を尊重すれば、普通学校に行く選択肢とともに支援学校に行く選択肢も尊重されねばならないと思います。

そのうえで、やはり理念としては、多様な子どもたちが過ごす場が教育の場であってほしいと思います。ただ、そのためには、今の教育指導要領に沿った一斉教育の教育方法、教員配置、教室などの物理的環境を抜本的に変えていかないと、絵に描いた餅状態に留まるでしょう。この現在の普通学校の教育のやり方を変えなくて、ただどの子も普通学校・普通学級におらせるべきだというのは、少なからない障害がある子どもにとって、ただただ苦痛を強いられることにも陥りかねません。その一方で、もちろん普通学校に通うことができて良かった。と言う子どももこれまた少なからずいるでしょう。そして、現在の学校教育のひずみも関係しているのか、障害がある・ないにかかわらず、不登校の子どもが増え続けている状況に鑑みて、教育機会確保法(2016年)ができたのに伴い、多様な学びの場(教育の場)が法的にも認められるようになって、ますますただ普通学校に行けばいいという単純な話にはできない状況に現在の子どもたちの生活状況・選択肢があることを見ておかないといけないでしょう。分けない教育=支援学校や支援学級の否定ではなく、変わるべきはむしろ普通学校教育、現在の教育カリキュラム・教育環境ではないでしょうか。そこが変わるまでは、普通学校の以外の選択肢、つまり支援学校だったり、通信制学校だったり、不登校特例校だったり、フリースクールだったり、放課後等デイサービスだったり等々、その子どもにとって居心地の良い場・環境が選択できることが大事になるでしょう。